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エジプトはアフリカか、中東か

このアプリ「世界の国々」を開発するにあたって国名や首都、人口、面積などのデータを整理していると、普段はあまり意識しないことに疑問を感じることがあります。その一つが、世界の国々をどのように地域分けするかという問題です。

例えば、エジプトはアフリカの国でしょうか。それとも中東の国でしょうか。

地図を見れば、エジプトがアフリカ大陸の北東部に位置していることは明らかです。私のアプリでも、日本の外務省が公表している基礎データに従い、エジプトを「アフリカ」に分類しています。

ところが、以前エジプトの外交官と話した際、「われわれは中東の国です」と言われたことがあります。そのときは特に不思議に思いませんでした。エジプトといえばアラブ世界の中心的な国であり、中東情勢を語るうえで欠かせない存在だからです。しかし、改めてアプリの地域分類を考えているうちに、この言葉が気になり始めました。

そもそも、アフリカという大陸を一つの地域として捉えること自体、少々乱暴なのかもしれません。

アフリカ大陸の北部を東西に横たわり、地中海沿岸とその南の地域を隔てるサハラ砂漠は、古くから人々の往来に大きな影響を与えてきました。国際政治や経済開発の分野では、サハラ砂漠以南の地域を「サブサハラ・アフリカ(Sub-Saharan Africa)」と呼び、北アフリカと区別することがあります。

北アフリカは古代から地中海世界との交流が盛んで、7世紀以降はイスラム教の広がりとともにアラブ世界との結びつきを深めました。一方、サハラ以南では独自の王国や文化が発展してきました。もちろん、砂漠が人々の交流を完全に遮っていたわけではありません。隊商(キャラバン)による交易などを通じて、南北の地域は長い歴史の中で結びついてきました。

それでも、北アフリカとサハラ以南では、歴史的にも文化的にも異なる側面が多いことは確かです。

特にエジプトは、近現代の中東史において重要な役割を果たしてきました。1950年代にはナセル大統領がアラブ民族主義を掲げ、アラブ世界の政治を主導しました。イスラエルとの戦争、その後の和平交渉などでも、エジプトは常に中東政治の中心にいました。首都カイロにはアラブ連盟の本部が置かれ、政治だけでなく文化や学術の面でも大きな影響力を持っています。

こうして考えると、あの外交官が「われわれは中東の国です」と語ったことにも納得がいきます。エジプトにとって中東とは、単なる地理的な呼び名ではなく、自国の歴史や外交上の立場を表すものなのでしょう。

もっとも、北アフリカの国々をすべて中東と呼んでしまうのも、少し違うように思います。モロッコやアルジェリア、チュニジアなどはアラブ世界に属しながら、地中海を挟んだヨーロッパとも深い関係を持っています。また、エジプト自身もアフリカ連合の主要国として、アフリカ外交に積極的に関わっています。

国際ビジネスの世界では、中東と北アフリカをまとめて「MENA(Middle East and North Africa)」と呼ぶことが一般的です。地理的には別の地域であっても、歴史や文化、経済的な結びつきから一つの地域として捉えるわけです。

実は、日本の外務省もこうした区分を使い分けています。国・地域別の基礎データではエジプトをアフリカに分類していますが、外交青書などでは「中東・北アフリカ」という枠組みで地域情勢を論じています。

考えてみれば、似たような国はほかにもあります。ヨーロッパとアジアにまたがるトルコやロシア、ヨーロッパとも中東とも関係の深いコーカサス諸国など、世界には一つの地域に収まりきらない国が少なくありません。

私たちは世界地図を眺めるとき、国境線や大陸の境界を当然のものとして受け止めています。しかし、歴史や文化、人々の交流は、地図に引かれた線に従ってきたわけではありません。地域の区分も、何を基準に世界を見るかによって変わってくるのです。

今回のアプリでは、利用者に分かりやすく、一貫した情報を提供するため、エジプトをアフリカの国として扱うことにしました。しかし、アプリに表示される「アフリカ」という一つの言葉だけでは、この国の多面的な姿を十分に伝えることはできません。

世界の国々について調べていると、知っているつもりで知らなかったことが次々に出てきます。国名や首都、人口を覚えるだけでは見えてこない世界が、そこにはあります。

エジプトはアフリカか、中東か。

答えは「どちらでもある」のでしょう。そんな当たり前のようで、少し考えさせられる発見があることも、このアプリを作っていて感じる楽しさの一つです。

小方 俊也
合同会社カイザーコンサルティング 代表社員。プロフィール