トップ / ブログ

世界にはなぜ名前が似ている国があるのか?

世界地図を眺めていると、名前がよく似た国があることに気づきます。コンゴ共和国とコンゴ民主共和国、ニジェールとナイジェリア、スロバキアとスロベニア。ドミニカ国とドミニカ共和国に至っては、同じ国の正式名称と略称ではないかと思ってしまうほどです。

さらに不思議なのは「ギニア」です。西アフリカのギニアとギニアビサウ、中部アフリカの赤道ギニア、そして遠く離れたオセアニアのパプアニューギニア。世界には「ギニア」の名を持つ独立国が4つもあります。

私は仕事柄、各国の駐日大使にお目にかかる機会が多くありました。特に各国のナショナルデーを祝うレセプションでは、多くの外交官が一堂に会します。そうした場で、名前のよく似た国の大使が近くにいらっしゃると、ご挨拶にも少々緊張感がありました。

名前が似ているからといって、両国の関係が良好とは限らないからです。隣り合う国どうしが、歴史的な対立や領土問題を抱えていることも珍しくありません。国名の取り違えは、単なる言い間違いでは済まない場合があります。

なぜ、世界にはこのように名前が似た国があるのでしょうか。調べていくと、植民地支配、民族の歴史、国家の分裂、ヨーロッパ人による探検など、さまざまな事情が見えてきます。国名は単なる地理上の呼び名ではなく、その土地が歩んできた歴史を映す、小さな歴史書ともいえます。

植民地支配が残した名前

国名が似通う理由の一つに、ヨーロッパ列強による植民地支配があります。

19世紀後半、ヨーロッパ諸国はアフリカ大陸の分割を進めました。その際、古くから使われていた地理的な名称が、異なる宗主国の植民地にそれぞれ付けられることがありました。

代表的な例が、コンゴ共和国とコンゴ民主共和国です。両国はともにコンゴ川の流域にありますが、前者はフランス、後者はベルギーの支配を受け、1960年にそれぞれ独立しました。

興味深いのは、両国の首都ブラザビルとキンシャサが、コンゴ川を挟んで向かい合っていることです。同じ名前を持つ二つの国が、なぜ別々の国家になったのか。その答えは、アフリカ分割の歴史にあります。

「ギニア」という名前も、植民地時代の歴史と深く関わっています。かつてヨーロッパ人が西アフリカの沿岸一帯を指して使っていた呼び名が、異なる植民地に受け継がれました。

ただ、ギニアという名前が太平洋のパプアニューギニアにまで広がったのには、さらに別の事情があります。そこには、大航海時代のヨーロッパ人の世界観が映し出されています。

国家の分裂によって生まれた名前

もともと一つだった国家や地域が政治的に分かれ、似た名前を持つようになった例もあります。

その代表がスーダンと南スーダンです。1956年に独立したスーダンでは、北部と南部の間に民族、宗教、政治をめぐる対立があり、長く内戦が続きました。2011年、南部が住民投票を経て独立し、南スーダン共和国が誕生しました。

私たち日本人にとって身近なのは、韓国と北朝鮮でしょう。第二次世界大戦後、朝鮮半島は米ソの対立を背景に分断され、1948年に南北それぞれの政府が成立しました。

ただし、両者の分断の経緯は異なります。南スーダンは既存の国家から分離独立しましたが、朝鮮半島では冷戦を背景に二つの政府が並び立ちました。国名の類似は、こうした政治の歴史を今に伝えています。

川や民族の名前が国名になることも

国名には、川や山などの地理的な名称や、民族の名前に由来するものも数多くあります。

西アフリカのニジェールとナイジェリアは、ともにニジェール川に由来します。ニジェールはフランス、ナイジェリアはイギリスの植民地でしたが、同じ大河の名前が両国に受け継がれました。

現在の両国は対照的です。ニジェールは国土の大半をサハラ砂漠が占める内陸国ですが、ナイジェリアは大西洋のギニア湾に面し、アフリカ最大の人口を抱える国です。

ヨーロッパにも似た例があります。スロバキアとスロベニアは、どちらも「スラブ人」を表す言葉に由来する国名です。名前だけでなく国旗までよく似ていますが、スロバキアはチェコスロバキアから、スロベニアはユーゴスラビアから独立しました。両国は国境こそ接していないものの地理的に近く、それでいて異なる国づくりの歴史を歩んできました。

共通する地理や民族の名称が、別々の国名に残ることは決して珍しくありません。

偶然似てしまった国名もある

歴史的なつながりがほとんどないのに、名前が似ている国もあります。

その代表がオーストリアとオーストラリアです。オーストリアの国名は、ドイツ語で「東の国」を意味する言葉に由来します。一方、オーストラリアはラテン語で「南の」を意味する言葉に由来します。英語ではAustriaとAustralia。綴りも発音もよく似ていますが、語源はまったく異なります。

カリブ海のドミニカ国とドミニカ共和国も、名前はキリスト教に関係していますが、由来は別々です。ドミニカ国の名は、コロンブスがこの島に着いたのが日曜日(ラテン語で「主の日」)だったことにちなみ、ドミニカ共和国の名は、首都サントドミンゴ(聖ドミニコ)に由来するとされます。両国は別々の島にあり、公用語もドミニカ国は英語、ドミニカ共和国はスペイン語と異なります。

名前が似ているからといって、民族的、政治的な関係があるとは限らないのです。

国名は誰が決めたのか

ここまで見てくると、一つの疑問が浮かびます。そもそも国の名前は、誰が決めたのでしょうか。

今の国名には、その土地の人々が古くから使ってきた名称もあれば、外から来た人々が付けた名称もあります。植民地時代の呼び名を独立後も引き継いだ国がある一方、独立や体制の変化をきっかけに国名を変えた国もあります。

以前、駐日スリランカ大使から、国名について興味深いお話を伺ったことがあります。

日本でもおなじみの「セイロンティー」のセイロンは、スリランカの旧国名です。スリランカは1948年にイギリスから独立しましたが、その後もしばらくセイロンという国名を使い、1972年にスリランカへと改めました。

大使のお話を要約すると、次のようなものでした。セイロンという名前は、今も紅茶の名として世界中に定着している。しかしそれは、植民地時代にイギリスが使っていた名称である。植民地支配の色合いを拭い去り、完全な独立と自分たちのアイデンティティーを打ち立てるために、国名をスリランカに変えたのだ、と。

スリランカという名は、一般に「光り輝く島」などと説明されます。セイロンという名が紅茶のブランドとして今も世界に残る一方で、国としては自らの歴史と文化に根ざした名前を選んだのです。

国名の変更は、単なる呼び名の変更ではありません。そこには、植民地支配からの脱却や、自分たちは何者なのかという国の意思が込められていることがあります。

国名から世界史が見えてくる

私たちは普段、世界地図に書かれた国名を当たり前のものとして受け止めています。しかし、その名前がいつ、誰によって、どのような理由で付けられたのかを考えると、見慣れた地図も違った姿を見せ始めます。

名前が似ている国々は、単に紛らわしい存在ではありません。そこには、民族の移動、ヨーロッパによる植民地支配、独立運動、冷戦といった、世界史のさまざまな出来事が刻まれています。一見何の関係もなさそうな国々が、名前を通じて意外な歴史で結ばれていることもあります。

国名の由来を知ることは、その国を知るための第一歩です。そして、世界の国々がどのように形づくられ、今の姿になったのかを理解する手がかりにもなるはずです。

次回は、コンゴ川を挟んで向かい合う二つの国、コンゴ共和国とコンゴ民主共和国を取り上げます。同じ名前を持ちながら、なぜ二つの国が生まれたのか。その歴史をたどります。

小方 俊也
合同会社カイザーコンサルティング 代表社員。プロフィール